財団法人 東京海上各務記念財団
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財団概要 情報公開 活動記録
1 連絡先
住所:

〒143-0016
東京都大田区大森北 1-5-1( 大森駅東口ビル 8階 )

電話:
03-3761-6499
FAX:
03-3761-5261
E-Mail:
kagami-f@ceres.ocn.ne.jp
URL:
http://www.kagami-f.or.jp/
英文名:
Tokio Marine Kagami Memorial Foundation
事務局:
宇垣常務理事 岡本事務局長 大坪職員 田中職員
道順: 京浜東北線大森駅中央改札を出て、左手の東口へ進み、階段を半分下った踊り場から右方向の下り階段へ向かい、前方に見える白いビルの8階。(駅から3分)
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2 事業
(1)国内大学生に対する奨学金給与事業(指定大学15校)
(2)ASEAN諸国からの大学院留学生に対する奨学金給与事業 (指定大学8校)
(3)研究助成事業
@国内の若手研究者に対する学術(社会科学系)の研究および普及に対する助成
A地震に関する研究に対する助成

詳細は当ホームページの情報公開の部(事業報告書及び事業計画書)をご参照ください

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3 沿革
当財団は、東京海上火災保険株式会社(現 東京海上日動火災保険株式会社)の会長を長く務めた故各務鎌吉(かがみけんきち)氏の遺志(注)に基づき、寄贈された遺産の一部を元に1939年10月に各務記念財団として設立されました。1940年に学術研究助成事業、1941年に奨学金給与事業を開始しています。

(注) 各務記念財団設立趣旨 ファイル (PDF:13KB)

その後、事業基盤を強化のため東京海上火災保険株式会社から寄付を受け、1960年1月に東京海上各務記念財団に名称変更しています。なお、2010年10月に公益財団法人となりました。
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4 各務鎌吉について
各務鎌吉は明治元年1868年(明治元年)12月22日岐阜県に生まれ、1888年、東京高等商業学校(現在の一橋大学)を卒業、教員等の経験を経て、1891年10月東京海上保険株式会社に入社しました。当初の仕事は簿記係で初任給は10円であったといわれています。

各務は入社して3年足らずの1894年にロンドンに派遣されました。東京海上社は1879年に創設された日本で初めての損害保険会社です。財界の指導者であった渋沢栄一の助言により海運界の雄だった岩崎弥太郎はじめ当時の一流財界人と旧藩主出身の華族グループを株主にした会社です。営業は競争相手のいない中で政府関係の貨物保険を引き受け、さらに、三菱会社、三井物産という海運と貿易の二大会社に代理店を委嘱してパリ、ロンドン、ニューヨークと代理店網を広げて順調に推移していましたが、1891年ごろからヨーロッパの営業、特にイギリスの船舶保険が赤字を出すようになっていたのです。当時イギリスは海運業において世界に君臨し、各国の海上保険会社はその契約を求めてロンドンを中心に進出していた時期です。

しかし保険金の支払いは急増し創業以来初の危機にさらされることになります。この原因究明と対策のために派遣された各務はロンドンにて自らが保険の専門家になるしかないと決断し、従来の代理店との関係を解消、東京海上ロンドン支店として活動を開始します。そしてイギリス人に任せきっていた引受けの内容を全て調べ上げ独力で保険統計を作り上げます。その資料の上に立ってイギリス人の担当者を論破し引受けの見直しを行い、海外営業を立ち直らせる道筋を作ったのです。この間の超人的な奮闘努力ぶりは後に「東京海上の各務か、各務の東京海上か」といわれ、また「日本の損保事業王」と謳われる下地となったものです。

その後、各務は、のちに文部大臣となる平生釟三郎(ひらおはちさぶろう)と共に東京海上社の海外営業基盤を確固なるものとし、世界の「トウキョウマリン」と呼ばれる礎を作り上げました。
Photo
写真中央が各務、左端が平生
それ以降様々な出来事や問題が発生しますが、特筆することとして1923年9月1日の関東大震災があります。この震災は首都圏の経済社会に壊滅的な打撃を与えました。地震による火災ですから保険会社は保険金を支払う責任を免除されています。しかし、非常事態の下で人心は動揺し、火災保険支払い問題は重大な社会、政治問題へと発展しました。そのとき当時大日本連合火災保険協会の会長であった各務が利害の異なる関東、関西あるいは外資系の保険会社の様々な意見を取りまとめ政府と折衝したのです。その内容としては、保険金額の最高一割を見舞金として支払い、その見舞金の原資を政府が長期低利で融資するというものでした。政府の援助が無ければ見舞金の出せない保険会社も少なくなかったわけで、社会情勢を見極めながら業界をリードした各務の奮闘は高く評価されました。

各務は1925年に東京海上社の会長に就任し逝去するまでその職にありましたが、それ以外にも三菱信託会長、日本郵船社長、(後に会長)、三菱銀行監査役、損害保険事業研究所理事長、明治生命取締役、同12年日本銀行参与理事、大蔵省顧問等々様々な政財界の要職についています。

各務が1939年5月に71歳で逝去した際には、国内の新聞は日本の損害保険業界を育て上げた功績を称え、またイギリスの The Times 紙はその一面に各務の親友であり同時期に日英で共に会長として活躍した ウィリス商会のジョージスタンプ氏の追悼文を掲載し、哀悼の意を表しました。

現在、東京海上日動社では同社の能力開発センター(在東京都渋谷区千駄ヶ谷)に各務ホールという研修室を設けて、氏の人材育成の遺志を引き継いでおります。

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